イジワル上司に恋をして
その正体がわかった瞬間、咄嗟に顔を上げる。
黒川と目が合うと、ヤツは眉をピクリとも動かさずに、わたしを見下ろす。
こ、これをコイツが持っていたっていうことは……。
その先を考えて、逃げ場がなくなったことを知る。
なにも言うことが出来ないわたしに、黒川が形のいい唇を動かした。
「その顔だと、やっぱり聞いてたな……?」
ギクリ、と体を強張らせる。
同時にものすごく気まずい空気を感じて俯いた。
だっ、だけど! だけど、わざとじゃない……もん。動けなくなっただけだもん……。
必死で心の中で言い訳をしているけど、正直それが正当な言い訳だって自信はない。
ただ、早く時間が経って欲しいと切に願っていたけど、黒川がそこから立ち去る気配はまだない。
仕方なく、恐る恐る掠れさせながら声を絞り出した。
「……は、はっきりとは、聞こえてないですから」
「へぇ。そう。それ、もう一回言えよ。オレの目、見ながらな」
間髪いれずに言われたことを平然とやれば、どうにかここを切り抜けられる。
単純にそう考えて、頑張って顔をグッと上に向けた……けど。
「……っ、あ……」
到底、同じ文句は言うことが出来なかったわたしの完敗だ。
ものの数秒目を合わせるのが限界で、すぐにまた顔を横に逸らしてしまった。
すると、黒川が小さく溜め息をついた。
「なにをどこまで聞いたんだか知らないけど、それ以上勝手な妄想するなよ、ヘンタイ」
「へっ……ヘンタイってなに!」
「ああ。このこと、仲江は知らないから感謝しろよ」
最後のひとことに、なにも言えなくなってしまった。
……香耶さんには、わたしが聞いちゃったこと、ばれてないんだ。
正直、それは助かったって思っちゃったけど。
でも、天敵であるコイツに知られてしまったのだから、全然気持ちは浮かないまま。
遠くでブライダルの社員に呼ばれた黒川が立ち去ってからも、茫然とその場に立ちつくしてた。