イジワル上司に恋をして
もしかして、もしかしなくても、わたしに言った……?
雨音に遮られてるから、その判別がなかなか難しい。
勘違いだったら恥ずかしいから、控えめにドアから覗き見るようにきょろきょろと視線を左右に動かす。
すると、藤色の淡く綺麗な色の傘がこちらに向かってきたのが目に留まる。
段々と近づくその傘から、ふと顔が覗いた。
「――よっ……」
吉原さん?! な、なななんで、ここに! ていうか、なんでわたしに声を!
目が合うなり、ニコリと笑顔を向けられた。けど、その笑顔はやっぱり香耶さんとは違って感じて、どうにも緊張感が増してしまう。
「奇遇ね! ちょうどよかったわ! ねぇ、優哉はそろそろ上がりかしら?」
「えっ……」
ま、まさか、この人! アイツの出待ち?!
驚愕した顔をしてしまっていたのだろう。
アイツにはことあるごとに『わかりやすい』と言われているから、そう思った。
その予想が的中したようで、彼女はおかしそうに笑うと言った。
「そんな驚かなくても。あなたは知ってるでしょう? 勤務中はなかなか取り合ってくれないって」
なんだろう。なんなんだろう、この人。
うまく言葉じゃ言い表せないけど、スゴイ引力。引きこまれてしまいそうで怖い。自分の言葉がなにも出せなくなりそうで。
「――わ、たし……ちょっと、戻らなきゃ……なので」
「あら? 帰るんじゃないの?」
頭からつま先まで眺めるように見られて言われると、なんだか居心地が悪い。
「くっ、黒川さんならそのうち帰ると思いますからっ」
そう言って、逃げるようにその場から引き返したわたし。
そう! 傘を取りに戻るんだもん!
自分の中で理由を呟いて、ドクドクと跳ね上がった心臓になんでこんなにビクビクしなきゃなんないの、って思う。
「ひゃっ!」