イジワル上司に恋をして
「たまに客が言うんだ」
「……は?」
怪訝そうに眉を潜め、ヤツの顔を窺う。
なに言ってんの? 急に。なんの話だよ。
そう思いながら黒川の続きを待つと、ヤツはわたしを見ることもしないで話し出す。
「『この前と同じお茶ですか?』って、な」
「はぁ?」
ますます意味がわかんない。
この男、なにを企んでるの? わけわかんない顔をしたわたしを笑うために、意味不明なことでも言ってるの?
生意気な聞き返し方をしたわたしを咎めもせず、真っ直ぐ前を見たまま言われた。
「たまにドリンクが褒められるときは、決まってオマエが淹れたときだ」
不意打ちの話に、うまく反応出来ない。
目を丸くさせて、傘の中から黒川を見上げたまま。
瞬きもせず、完全に固まったわたしを黒川はちらっと目だけ向けた。
「誰にでも取り柄っつーのがあるんだな」
ちょうど、車が止まって、傘とアスファルトに弾かれる雨音だけが聞こえるようになったとき。
見過ごしてしまいそうなくらいの僅かな時間。
でも、瞬きも出来てなかったわたしには、ちゃんとその目に映った。
「ふ」と、目を細め、僅かに口元を緩ませた、黒川の微笑みが――。
「ま、今ンとこそんくらいか。取り柄っつー取り柄は」
ギュッ! っとなった。
心臓が、鷲掴みになるって、こういうことかもしれない。
と、同時に、頬が紅潮して、体温が一気に熱くなってきたのがわかった。
……う、うわ……なに、コレ?
ドックドックと騒ぐ心臓は、今にも飛び出してしまいそうだ。
まともに隣の男を見ることも出来なくなって、荒くなりかけてる呼吸を懸命に抑えていた。
動けなくなってるわたしに、軽い舌打ちと共に低い声が降って来る。
「あー……オマエのせいで、渡れなかったじゃねぇか」
ダメだ。今、顔を上げたらダメだ。
濡れた肩とか、褒められたこととか、あの笑った顔とか。
それらでこんなにも揺さぶられてしまった顔を、コイツにだけは見せるわけにはいかない。
「おい。立ったまま寝て――」
けれど、俯いていたわたしの頬を掴むように、無理矢理顔をあげられてしまう。
……誰か、わたしのこの感情は、一時的なものだと言って。