イジワル上司に恋をして


そんなわたしの心を見事表したような、どんより曇り空。


「おはよう。鈴原さん」
「――! お、はようございます……」


――出た! 一番顔を会わせたくないヤツ!!


ロッカールームから持ち場に降りると、そこにいた“黒川”に運悪く遭遇してしまう。


『黒川部長』とか『黒川さん』だなんて到底呼べる気なんかしやしなくて。
まぁ、もちろん仕事中にそういう場面になったのなら、ちゃんと呼ぶつもりではいるけれど。でも。心の中では、あんたなんか呼び捨てだ。


「遅番は10時半って、仲江に聞いてたけど。ちょっと早いんじゃないの?」
「……裏で、お茶を飲んでから出ますから」


質問に答えたんだから、そこ、どいてよね。


わたしは平静を装って、目の前に立ちはだかる黒川をすり抜けるようにプライベート室に入った。
お鍋に少量の水を入れて、火に掛けながら、今しがた顔を合わせた黒川を思い出す。


……アイツ。本当にホンモノの、猫かぶりだ。
いや、“猫”だなんて可愛らしいもんじゃないんだけど。でも、完璧な程に表向きの、優しい上司の笑顔で話し掛けてきた。

あの笑顔にみんな騙されてるんだ。


ボーっとしてると、あっという間に湧きあがったお鍋を見て、慌てて茶葉を放った。
濃い紅色に広がるお鍋に、冷蔵庫から出しておいた買い置きしてた小さな牛乳パックを、ゆっくりと加えた。


ああ、いい匂い。それに、美味しそうな色。やっぱり、わたしは一番ミルクティーが好き。


沸騰する前に火を止めて、それを濾しながらマイカップに注ぐ。
ほわほわとした温かな湯気と、その香り。砂糖を少し加えて、両手で包み込むようにして小さく呟いた。


「いただきます」


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