イジワル上司に恋をして
「なにふらついてんだよ、病人」
「……ふらついてなんか」
「その様子で、金(ソレ)持っていけんのかよ」
「……よ、ゆー……」
『余裕です』。つらっとそう言ってやる予定だった。
……視界が暗転するまでは。
「おいっ」
一瞬暗くなったけど、再びぼんやりとした景色が目に映った。
けど、自分の身体がいうことをきかない。
瞼をどうにかこじ開けるのがやっと。
「……ったく。また医務室かよ」
腕を掴まれ、腰に手が回されてる感覚はかろうじてある。
やめて……触らないでよ。バカ。
色々と考えてはいても、やっぱり口を動かす力も残ってなくて。
そのとき、だるい体がふわりと浮いた
「暴れる力もないってとこか」
完全に見下ろされ、いつもよりも断然近い距離に一瞬目を大きくした。
いわゆる〝お姫様抱っこ〟をされてるなんて、信じられない。
妄想では何度となく、こういうシチュエーションを思い描いた。それがまさか、こんな形で実現されるなんて……!
コイツの腕に抱きかかえられるなんて、ありえない。でも、コイツの言うとおり、暴れる力も残ってないみたいだ。
再び重みを増していく瞼と格闘しながら、黒川の顔を下から見つめる。
シャープな顎のラインに、高い鼻。ふと、視線を自分に向けられたその目は切れ長の涼しい印象。
……やっぱ、イケメンだ、コイツ。
「人の顔じっと見て、なんだ?」
「……」
「……普段もそのくらい大人しいと少しは可愛いのにな?」
これで、性格が爽やかだったらいいのに。絶対損してるよ、アンタ。
憎たらしい言葉にそう感じつつ、徐々に睡魔らしきものがわたしを襲ってきた。
きっと、抱きかかえられて揺られる振動が心地よくて。
完全に目を閉じてしまうと、もう開けることは出来なかった。
まるで夢の中にいるような錯覚に陥りそうなときに、ぴたりと揺れが止まり声がした。
「どうしたんですか?! 彼女はおれが家に――」
遠くに聞こえるその声は、誰だったかな。
顔が触れている広く温かな胸から別の声が聞こえた。
「風邪からくる熱だ。とりあえず休ませるのに医務室が一番近い。オレが連れていく」
振動と共に、耳の奥に響いた声。
黒川の落ち着いた声に不覚にも力が完全に抜け落ちて、わたしは意識を手離した。