イジワル上司に恋をして
「え! く、9時?!」
「グースカ寝やがって。他のヤツらなんかとっくに帰ったっつーの」
ま、マジ?! 約1時間もここで寝てたんだ!
ていうか、この体調で逆に1時間で起きられたことの方が奇跡かも……。
「あ、あの……」
「なんだ」
「あ……あ……」
「だから、なんだよ?」
ドカッと近くの椅子に腰を下ろし、長い足と腕を組みながらだるそうな声で返される。
そんな雰囲気のアンタに、余計言いづらいけど……!
「……ありがとう、ございました」
でも、社会人として! 礼儀として! そう、デキる人間として、ね!
こういうことは口にしておかなきゃ。
まぁ、どうせコイツのことだから、わたしの素直なこの気持ちを無下にするんだろうけどねっ。
「……巻き込んでるから、こんくらいはな」
意外な答え以外のなにものでもない。
あまりに不意打ち過ぎて、ぽかんとしたまま黒川を凝視してしまった。
「その締まりのないカオはなんだよ」
「はっ。い、いや……」
机に肘をついて指の甲に頬を預け、顔を傾かせた状態でこっちを見る。
そんな黒川に、また、昨日と同じ胸騒ぎが起こり始める。
ま、待って。待て待て、わたしの心臓!
勝手にわたしの気持ちを置いて、速度を増していかないでよ!
自分自身を制止するのに必死で、なにも口に出来ない。
黒川もその間なにも喋らないから、わたしたちの間はしばらく沈黙だ。
「香澄とは、つきあってた」
突如、沈黙を破ったその言葉。
その短い内容に、瞬時に心を奪われる。
遠慮がちに背けていた顔を、思い切り黒川に向けて。
わたしは、ただ、伏し目がちに遠くを見るその横顔を見つめていた。