イジワル上司に恋をして
倒れた、前後……。
西嶋さんに言われて、少し軽くなった頭で思い返す。
レジ締めしてたら、西嶋さんが来て……レジ金を経理に上げようとして……あ! そういえば経理に誰が……。
そんな場違いなことがふと頭を過ったけど、すぐに行きついた。
……アイツ……黒川に、抱きかかえられたんだった。
言われてみたら、その時アイツが誰かと話をしてた気がする。そして、そのときの声。あのときは朦朧として頭が働かなかったけど――……。
あれは、西嶋さんの声だ
それにようやく気付くと、一気に気まずい思いが駆け巡る。
目を揺るがせて彼をみると、いつの間にかまっすぐにわたしを見ていて。
「あれは……〝上司〟の顔じゃなかった」
な……にを、言ってるの?
「上司の顔じゃなかった」って……あ! でも、そんなの今日に始まったことじゃないじゃない! 言ってしまえば、アイツは出会ったときからわたしの前では上司なんかじゃ――。
「まさか、熱で倒れた状況で、なにも……されてないよね?」
ドクン、とひと際大きく胸を打つ。
……待って。なんにもされてないじゃない……今日は。
けど、アイツのことをほんの少しだけ知って……それで、泣いてしまった。
その涙に反応した様子を見せたアイツにわたしは――……。
……キスされることを、期待したんだ。
そのことに気付いてしまうと、事実なにもされてなくとも言葉が出てこなくなってしまう。
「……なんで、否定しないの……っ」
初めて聞いた。彼の、悲痛の声を。
顔を歪めて、とても苦しそうに。
わたしの手首を、いつもの彼からは想像もつかないように乱暴に掴まれる。