イジワル上司に恋をして

今までで、一番近付いた瞬間。
その瞬間に、無情にも自分の気持ちに気付くなんて。

それはもう、ほぼ彼の胸の中にいるといってもいい。
彼の中から不意に顔を上げてしまうと、キュッと唇を軽く噛むように結んだ苦々しい表情で、空いた手をわたしの肩に乗せた。

西嶋さんの目が閉じかけて顔が近づいてきたときには、体が勝手に動いてた。


「……ごっ……ごめ……」


両手を突っ張って、彼との距離が再び開いた。
あまりに衝動的なことに、咄嗟に手が出たと言えばどうにか取り繕えるのかもしれない。

けど……。


わたしの生きる動力だったはずの都合のいい妄想。
それが、いつの間にか出来なくなってた。

こんなふうに、憧れの人と二人きりで、壁に追い詰められるようにキスをする。
当たり前のように思い描いていたことが、今、目の前で起き掛けていたのに。

それすらも忘れ、受け入れられないほどに……まさか、あんな男にハマるなんて。


「……熱あるのに、ごめん。おれ、帰るから」


バタン! と玄関が閉じた音がやけに大きく聞こえて肩を上げた。


……サイアクだ……最悪だ。ひどいよ、わたし!! 絶対西嶋さんを傷つけた。
一番ひどい、傷つけ方で……。

その場にへたり込むと、自分の膝に顔を埋めるように小さくなった。

いつから……一体、いつから……。

遡って考えると、一番初めに引っ掛かったのは昨日の朝の出来事だった。
香耶さんの告白を聞いてから、モヤモヤとしたものを感じ始めた気がした。

さらに遡れば……吉原さん。
彼女と無意識に自分を比べてるようなこともあったかもしれない。

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