イジワル上司に恋をして
「なの花ちゃん。一度この関係を白紙に戻そうか」
「えっ……」
「本当のこと言うと、おれはなの花ちゃんのこともっと好きになってるし、どうにかしてでも繋ぎとめておきたいところなんだけど。でも、それじゃあなの花ちゃんの気持ちが余計におれから離れていく気がして」
目を何度も瞬かせて西嶋さんを見る。
そして、今聞こえたことが幻聴じゃないかと耳を疑う。
きっと、アホみたいな顔をしてたんだろう。
「ふっ」と彼は吹き出して笑うと、優しく微笑んで言った。
「……これは、終わりじゃないよ? もう一度、あの人と比べて、よく考えて。それで、やっぱり……って思ってくれたらそれが一番うれしい。もちろん、かなり危険な賭けだっていうことはわかってるけどね」
「そ、そんなことって……」
いいの……?
どうして西嶋さんは、こんなにも……。
あまりにオトナで、優しくて、心が広くて……涙が出そう。
本当はわたしがどうにか話をして、けじめをつけなければならないことだったのに。
だけど、結局今のわたしはこの西嶋さんの優しさに甘えるしかないなんて。
自分で自分に呆れちゃう。
「なの花ちゃんがおれに振り向いたときに、まだ好きでいるかどうかの保証はないけどね? ……なんてね」
最後まで、そんな冗談めいたことを言ってわたしに気を遣わせないようにする。
もうわたしはただ黙って、首を横に何度も振るだけで……。
そんな姿すらも、ただただ穏やかな瞳で見つめてくれて。
西嶋さんは、ゆっくりとわたしから離れるとテーブルの上のカップを拾い上げた。
「あーあ。冷めちゃった」
「……西嶋さん」
「ん?」
「ありがとうございます……」
とっても勝手だってわかってる。
でも、わたしには西嶋さんと一度つき合ったことで、なにかを得た気がする。
それが〝経験〟というものなのか〝本当の自分〟なのか……具体的には言い表せないけれど。
だけど、西嶋さんを傷つけたことは紛れもない事実だから――。
「……わたし、逃げないでちゃんと考えてみます」
ごまかしたりしないで、ありのまま。
その先にあるのはなにかまだわからないけど、そうすることが、西嶋さんへの誠意の見せ方だと思った。