イジワル上司に恋をして
わけわかんない日本語を口走っちゃったわたしを見て、香耶さんは目を丸くしたあとに大声で笑った。
「あはは! なっちゃんは本当、可愛いなぁ!」
「なっ! 香耶さんの方がよっぽど可愛いです!!」
「ほんとー? お世辞でもうれしい。ありがとう」
「お世辞じゃないですよっ」
「……最近ちょっと、自信無くしてたから……本当うれしい。ありがとう」
ちょっと俯きがちに、ぽつりと言ったその言葉に胸が締めつけられた。
自信なんて、無くす必要なんかないのに。
香耶さんは同性のわたしから見ても可愛いし、素敵だし、仕事も出来ると思うし。いいところたくさんで、本心から羨ましいって思えるような先輩だもん。
……だけど、そういうの全部わかんなくなるくらい、アイツの存在は大きかったんだなぁ。
「あ。ごめんね。今日わたしの担当の婚礼控えてるの。そろそろ花嫁さんたちくるから、行かなきゃ」
「あ、はい。素敵な式になりますように!」
小さく手を振りながら、艶やかな笑顔で返された。
そんな香耶さんを見送って、ショップへと戻り、開店準備に勤しむ。
「あ、鈴原さん、おはようございますー」
休み明けぶりに会う美優ちゃんは、レジに向かいながら清々しい笑顔でわたしを見た。
掃除用具ロッカーを開け、モップに手を伸ばしながら尋ねる。
「おはよう。掃除からすればいい?」
「はい。あ! おはようございますっ」
すると、美優ちゃんがわたしから視線を外し、後ろに向けて言った。
わたしは美優ちゃんしか見えてないけど、その彼女の笑顔がさっきよりも増して輝いているのがわかったから、背後にいるであろう人物の予想がつく。
恐る恐る、ゆっくりと首を回す。
視界に一番に入ったのは、皺のないスーツ。濃紺のネクタイを辿っていくと、こっちを見下ろしてる黒川の姿。
「おはよう」
パッと目をわたしから美優ちゃんに向けて挨拶を返す。
その声と顔は、いつもと同じく見事な作りモノ。
目を細めて上品に口角を上げ、低すぎない爽やかな声は、数メートル先の美優ちゃんにしっかりと聞こえるだろう。
そんな二十面相な男に引きつった顔をして見せたら、アイツは珍しくわたしをその後一度も見ることなく事務所に行ってしまった。
……あれ? なんか調子狂う。
いつもなら、うまいこと気付かれないようにわたしだけにあの高慢的な自信家のような笑みを浮かべるくせに。
あわよくば、めっちゃ低い声で『ブサイクな顔』とかって突っ込んで行ってるとさえ思う。
そういう想像していたものが、いっこもなかった。
……後ろに美優ちゃんがいたからかな。
軽く首を傾げて、モップを持ったままヤツが消えていった事務所へと視線をしばらく向けていた。