イジワル上司に恋をして
なんて言われるだろう。毒気たっぷりな一発をかまされるかな。
それとも、この段差を利用して小突かれたりするだろうか。だとしたら、転倒しそうだから用心しなきゃ。
そんなバカなことまで想定しつつ、構えるようにヤツを見据える。
すると、黒川がふわりとその体を近づけてきた――ように思えた。ドキリとしたけど、実際にはなにもなく……一歩横にずれて階段を下っていった。
なにが起きてるのか理解するのに遅れたわたしが反射で振り返る。と、同時に、ヤツが動いたときの僅かな風から、ほんのりと煙草の香りがした。
その少し顔をしかめたくなるような香りでハッとして、思わず呼び止める。
「ちょっ……」
わたしがヤツを見下ろすだなんて場面そうそうないから、変な感じ。
それは、普段見たことのないような表情にも見えてしまって、余計に緊張感が増す。
蛍光灯のせいなのか。少し目を細めながら見上げる視線。通った鼻筋が綺麗に見える角度。
男の人に見上げられるって、こんなに緊張するものなの……? なんか、すごい……色っぽ過ぎる。
ゴクリ、となぜか唾を飲むわたしを見ても、黒川は眉ひとつ動かさない。
――やっぱり変だ。
今朝の違和感が確信に変わった瞬間に、薄い唇から素っ気なく聞こえてきた。
「なに」
ツキン、とほんの少しだけ軋んだ音がした。
いや、気のせいかも……。そう思うくらいのものだ。
だからわたしはそんな自分の変化なんかに気も留めず、あわあわとヤツの鋭い双眼に犯されながら用件を口にする。