イジワル上司に恋をして
「あっ、あの! なんか、電話が……その、黒川さん宛てに、とかって……いや、わたしが受けたわけじゃなくて……そう、ブライダルの人に! これっ……」
あぁもう。カッコ悪すぎる。
動揺以外のなにものでもない、自分のもの言いは溜め息級。
頭でそう思っていても、実際の行動はそんなに単純に変えられなくて。
意味もなく汗をかきながら、挙動不審気味にカサカサと音を立てて、白いメモ用紙を数段下に立つ黒川に突き出す。
そのメモを目の前に差し出されたというのに、黒川のヤツは瞬きすらせず。
スッと長い指でそれを受け取ると、その場で紙に視線を落とす。それから、なにも言わずに身を翻して階段を下って行ってしまった。
その背中をぽかんと見つめる。
階段の折り返しでも、ヤツの顔が少し見えるだけでアイツはわたしのことなんか一度も見向きもしなかった。
「……なによ」
……なんなの。なんだっていうのよ……!
わたしがなんかした?! アンタの機嫌を損ねるようなこと、しましたか!!
無視したいのはこっちの方よ! それなのに、なんでアンタがそんなふうに……。
あっという間に見えなくなった黒川の姿に、何とも言えない感情が込み上げてくる。
きゅっと唇を噛み、軽く拳を握るようにして眉を寄せた。
そして、あまりに理不尽な気がして、頭で考えるよりも先に足が動いていた。
「……っ……!」
さすがの黒川も、後ろから突然追っかけて腕を掴んだわたしにびっくりして目を見開いてた。その驚きは、声にならない程だったらしい。
かくいうわたしも、気付けばこんな大胆な行動をしてしまっていて、なにから口にすればいいのか思い切り頭を悩ませる。
しばらくその状態で視線を交錯していると、先に気持ちが落ち着いたのか、今度はヤツがわたしの腕を掴むと強引に引っ張られる。
グイグイとそのまま引かれる先は、避難出口になっている入り組んだスペース。
廊下の端だし、当然こんなところにまではお客さんはやってこない。スタッフだって、階段もスタッフルームもないこんな奥までは、そうそう足を踏み入れないだろう。
その角に押し込まれると、至近距離でヤツが、ドン! と壁に拳をぶつけたまま言った。