イジワル上司に恋をして
自分ではなにひとつ敵わない、美人でオシャレでスタイルのいい、大人の女性(ひと)。
この人相手に、わたしがなにか勝てるものなんてある……?
どこか自信に満ちたような目。
その立ち居振る舞い全てに、直接触れられてなんかいないのにまるで押されてるような感じ。
固く結んだ自分の唇は、全く開く様子もない。
開きたくないわけじゃない。開きたくても、開かないだけ――。
「わたしはあの頃と同じ気持ちよ? ――優哉」
細めた瞳がわたしから外されたのと同時に言ったことに驚いて、目を大きくして振り返った。
視界を大きく遮るように映ったものは、見覚えのあるネクタイの柄とスーツ。
そして、嫌というほど耳に残っている、声。
「……よっぽどヒマなんだな、アンタ」
見上げる先には、仕事後にも関わらず涼しげで整ってる顔。
その男は、わたしを見向きもせずに吉原さんを見て言った。
「迷惑だって何回言えばわかるんだ?」
「……昔から素直じゃないわよね、優哉って」
「知ったような口きくなよ」
「あら、ごめんね? 思春期の優哉しか知らないわたしが、この子にちょっと昔話しちゃった!」
ちらっと目だけをわたしに向けて、挑発的な感じで吉原さんが黒川に微笑んだ。
そんなふうに言ったら、この男はどんな反応を示すんだろう。
焦る? 怒る? 彼女の話したであろうことを否定する?
吉原さんの表情を見ていると、全く動揺なんか見られない。
この人は、本当に黒川のことを知ってるって自信があるからこんなふうに堂々とした態度でいられるのかもしれない。
……そして。
自分の過去を話されたと思ったコイツは、どう考えてるの?
そこで初めて黒川の顔を見上げた。
夜の薄暗い中で見たヤツの瞳は、元から漆黒のような目なのにさらに深みを増して感じた。……けど、鈍い光が灯っているようにも見えて。