イジワル上司に恋をして
ああ、ホントに。アイツに関わるとなんでこうも心を乱されることばっ……かり……。
ふと、一番初めに過ったのは、出会って間もない雨の日のこと。
まさに今立ってるこの場所で、アイツはつらっと「濡れんだろ、オレが」とか言っちゃって。なんて冷たい男なんだと思ったっけ。
2度目にあの地下鉄を一緒に歩いたのは、西嶋さんとのご飯の帰り。
偶然に出くわして、わたしを無視したかと思えば意味不明に「送りましょうか」とか言い出して。
アイツの気まぐれは半端無いな、とか思ってた。
そして、また、この間の雨の日――。
そんな冷徹で勝手気ままなあの黒川が、ここで笑顔を見せた。
前は、自分が濡れるから寄れって言ってたのに、あの日は自分の肩を濡らしながら。確かに、柔らかく目を細めてわたしを見た。
そうやって、初めの頃は絶対見せないような表情や言動を突然しだすから。
……気に……なっちゃってんじゃない……。
なのに! なのに、今朝、わけわかんない理由でわたしを無視したかと思えばまた元に戻って。
かと思ったら、また今はああやって人を邪魔者みたいに追い払う。
……人を、なんだと思ってんのよ……バカ。
「……ムカツク」
……アイツを〝好き〟らしいと認識し始めた途端に、あんな仕打ち。
もうすでに、こんな恋、やめてしまいたいって思っちゃうのに充分だと思う。
大体、わたしなんかがあんなハードル高そうな男に想いを寄せるとか自体、無理あるんじゃないの?
認めたくないけど世間一般ではイイ男の部類に入るんだろうし。さらに腹に一物抱えてるような歳上男。しかも上司。
うーん……考えれば考えるほど無謀……。
青信号になって、そのまま地下鉄に乗っても、ずっと同じようなことをエンドレスで考えてしまって。
自宅アパートに着く頃には、『今頃アイツは吉原さんといるのかな』なんて考えたくもない想像しか出来ないでいた。