イジワル上司に恋をして
「キミが傍にいてくれたら大丈夫そうだね」


――結局。あのあとはほとんど会話もせず。
向こうが忙しそうっていうのもあるけど、敢えてわたしも黒川の方を見ないようにしてたからかもしれない。

翌日の今日は、シフトが休み。

ソファに座りながら、朝の一杯を飲みつつ思い出す。


『なの花』


その一度だけの声が耳からこびりついて離れない。
昨日から、何度も何度もそれを繰り返していると言うのに免疫もつかない。未だにボッと顔が熱くなる。

きっと原因は名前だけじゃない。
『仕事が向いてる』とかって、冗談じゃなくて本当に褒められたからだ。

「はー」と息を吐き、どうにか気持ちを落ち着ける。

本当に調子狂う。
それもこれも……黒川が最近少しずつ、違う反応をするからだ。

前までは100パーセント毒舌。容赦なく刺してきたアイツが。
最近では、目を……いや。心を奪われるような笑顔と言葉を投げてくる。
それが果たして、計算なのか、無自覚なのかはわたしなんかにはさっぱりだ。

だけど、どちらにしても……そんなギャップを見せつけられると……。


「気持ちが……大きくなっちゃうでしょーが。暴君上司……」


このまま、本当に好きになっちゃうじゃんか。
……〝本当に〟ってなんだ。

〝好き〟は〝好き〟で、それはきっともう変わらなくて、事実なのに。


「……いや! わたしは、あの素直な方が好きなわけで! 悪魔の方は好きでもなんでもないっ」


誰もいない部屋に響くのは自分の声だけ。
言ったあと、当然誰からもなにからも反応がなくて、溜め息だけが漏れる。


素直な方とか悪魔の方とか。
そんなこと色々考えたって、結局は一人の男の話じゃん。

休みの日まで考えるほど、ハマってんじゃん。


「……はぁ」


もう何度目なのかわからない溜め息とともに、カップに入った温いお茶を喉に流し込んだ。

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