イジワル上司に恋をして

わなわなとカバンを握りしめていると、煽るように、だるそうに。いつでも上から目線な口調でそいつは言ってくる。

大体、こんな小さな借りでも、こいつならあとで何十倍にして返せって言われそうって簡単に予想つくし。


「入りませ――」
「あ。あの日のスーツもおろしたてだったのに、結構濡れて皺んなったんだよなぁ。高かったな、あれも」
「~~~~っ」


当然、『入りません!』って、本当はそう言ってやりたかったのに。
わたしのことなんかお構いなしに、こいつがネチネチと過去のことを言ってくるから。


「帰り道。退屈だから、話でも聞かせろよ」


パワハラ、セクハラ。そして、ちょっとした脅し。
『怖くて怖くて仕方がない』とか、そういうふうには思わないけど。

ただ、現実に。コイツはきっと、この手を引っ込めて立ち去ることはしないだろうし、走って去るにも本当に雨がすごい現状だし。

大体、今逃げたって、明日も明後日も、これからしばらくずーっと、コイツには会わなきゃなんないわけだし。


考えるのも疲れて来て、駅までの数分くらい耐えて見せるわよ! と、半ば投げやりの答えを出したわたしは、一歩足を出して傘の中に入った。


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