イジワル上司に恋をして
「早く、帰れ」
恋愛というものは、本当に難しい。
まして、恋愛に発展さえしていないこの段階で、こんなに打ちひしがれるなんて。
そもそも、こんなことで、こんなにダメージを受けるほど、いつからわたしはコイツに特別な感情を抱いていたんだろう。
それも今や、考えても無駄なことだとわかったけど。
*
完全に突き放されたわたしは、いつもの帰宅方向とは逆へと走る。
街中で息を切らしながら走るっていうのは、どんなふうに映るだろう。
でも、今はそんな周りの目なんか気にしてられないくらい、自分を守るのに精いっぱいだ。
信じらんない。なんで、こんなに傷ついてんの、わたし。
アイツが冷たいことなんてしょっちゅうだったし、棘のある言葉を言われるのだって初めてってわけでもないじゃない。
走りながら、自分にそう言い聞かせては見るものの、胸の痛みは一向に止む気配がない。
ギリッと奥歯を噛んで、心の中で悪態をつく。
そりゃ、勝手にこんな気持ちになったのはわたしだけど! でも、その原因を作ったのはやっぱりアンタにもあるんだから!
気まぐれなのか何なのか知らないけど、急に笑顔を向けたり、褒めたり……触れたり、名前を呼んだりなんか、しないでよ……!
前方の信号が赤に変わってしまったのを見て、ようやくその場に立ち止まる。
肩で息をしながら、さっき溜めてた涙をぽろっと一粒だけ落とした。
その雫が、アスファルトに吸い込まれるように落ちていくと同時に、不意に左手首を掴まれた。
「なっ……?!」
驚いて声を上げ、振り返る。
こんなタイミングで、変なナンパにでも捕まったのか。それとも――……。
そう思って、掴まれた手から視線をパッと上にすると、予想もしない人がそこにいた。