イジワル上司に恋をして
「ど、どうしたのっ……? こんな、トコ……全速力で……なの花ちゃん」
呼吸を整えるようにしながら言ったのは……。
「にっ、西嶋……さん?!」
突然現れた仕事帰りらしい西嶋さんにびっくりして、一瞬全部が飛んだ。
黒川と家が同じ方向だから、それを避けたくてこっちに走ってきたのが、こんなことになるなんて……。
戸惑いながら、何を言えばいいのかわからなくて、ただ瞳を揺らがしていた。
彼は、そんなわたしをじっと見たあとなにかを察したのか、手を離さずにゆっくりと言った。
「なにか、あった顔してる」
見透かすような西嶋さんの目は、逸らされることなくわたしを捕らえ続ける。
その視線を受けて、目を泳がせ俯いた。
「どっか入ろう」
「えっ……でも」
「お茶が飲めるようなとこでいいから」
完全に掴まれた手に、この場を逃れられないと悟ったわたしは静かに一度、頷いた。
「びっくりした。猛ダッシュで走るコがいるなと思ったら、なの花ちゃんなんだもん」
街中には、夜でもお茶なんて飲めるお店がいくらでもある。
一番近くのお店に入ったわたしたちは、飲み物をオーダーし終えてから腰を据えて話の続きを始めた。
「……すみません」
肩を窄めて、しゅんとするように消え入るような声で謝った。
彼の計らいで一度関係を元に戻したとはいえ、やっぱり気まずさは残ってる。
そんな気持ちだから、余計に今のわたしのこの状況を口にするのに抵抗がある。
「……自分の中ではなにか進展はあったみたいだけど、だからと言って、上手くいってるわけではなさそうだね」
正確に言い当てられると、ますます言う言葉が見つからない。
「時間が欲しい、って言ってたのは、その顔見せないようにするため?」