イジワル上司に恋をして
「どっち?」
「……S駅です」
「ああ。じゃ、一緒だな」
「!」
マジ? えぇー……マジ??! せめて地下鉄の方向は逆であって欲しい……!
「オレ、栄北方面」
切実な願いを唱えると同時に、儚くもその願いは一瞬で散った。
なんでよりによって……! 北じゃなくて南に行ってよ。ていうか、もうなんならわたしが南に住めばよかったよ!
あからさまにいやな顔をしたわたしに、黒川は「ぶっ」と吹き出して笑いだす。
「あー、面白い。マジで。なに、その顔」
「『なに』って……」
「家が同じ方面、ってわけか」
嫌な顔をしたのは自分だけど、その顔色が見事なまで伝わってしまったから、ちょっと気まずい。
わたしは、ぱっと顔を下に向けて、数メートル先の濡れたアスファルトだけを見るようにした。
一向にやむ気配のない雨に溜め息を吐きながら、黒川の長いコンパスの歩調に懸命についていく。
「オマエ。ウチに来て、どんくらい?」
「……2年ですけど」
「いくつ?」
「……23」
傘の中で聞こえる声が、まるで異次元にでもいる感覚になる。
だって、誰が想像できた?
男の人と相合傘することも、その相手が二面性を持つ腹黒上司っていうことも。
あまりに非現実のこと過ぎて、ありえない。
とにかく。何事もなく、無事に帰還するんだ、わたし!
そう自分にエールを送り、黒川の質問に機械的に答えていく。