イジワル上司に恋をして

「あなたも。オトナなら、おれみたいなコドモに手間掛けさせないでくださいよ」


お、おぉ……西嶋さん……この黒川相手に……すごいです。
そう! この男、オトナぶってるけど実際はまだまだコドモなんだよ。最近気付いたけど!


正面にいた西嶋さんが、黒川に真っ向から言って退けたことに称賛の意を心でたたえる。
あまりに気持ちいいくらいストレートな言葉に拍手を送りたい。

黒川の腕の中で、そんなバカみたいなことを思っていたら、西嶋さんと目が合った。


「……おれは、自分の為にやっただけです。こんなんじゃ、未練残りすぎていつまでも引き摺りそうだったから」


真っ直ぐな瞳。そして、少し、力の抜けたような声で。
その姿から目が離せなくなって、胸にちくりと痛みが走る。
言葉を交わすことなく、ただ僅かに口角を懸命に上げている彼を、きっとずっと忘れられない。

ふ、と西嶋さんはわたしから視線を上に移動させた。


「あんまり苛めないでくださいね。彼女、素直すぎるから」
「……それは保証しない」


えぇっ! ちょっと! そこは嘘でも『わかった』でいいでしょ!
なんなのコイツはっ!

せっかく、わたしには起こり得ない甘切なシチュエーションに容赦なく水を差して!!
西嶋さんとわたしの、精一杯の思いを込めたこの空気をぶち壊さないでよ。


この流れで何を言う! と、ぐりんと首を捻って顔を上げた。
と、同時に、ポンと頭に重みを感じる。


「オレがからかって遊ぶのは、ひとりしかいないからな」


それは、黒川の大きくてちょっと雑な動きをする、温かい手。

……ああ、もう。
そこは、『特別な女だから』とか言うところでしょう?
全くこの、素直じゃなく捻くれてるうえに、不器用オトコめ。
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