イジワル上司に恋をして
裏口前で立ち止まったときに腕を解放された。
逃げようと思えば出来るわけだけど、コイツの刺さる視線から逃げる人はいないと思う。
……ていうか、別にいまさら、コイツが怖いから逃げたいだなんて思うこともないけど。
その視線に従うように大人しくしてると、それを察知したのか黒川はわたしを引っ張ったりせずに裏口を開けた。
「……残業は構いませんけど。他のスタッフたちもいるんじゃないんですか」
そしたら、こんな奇妙な行動、絶対おかしいと思われるじゃない。
ブライダルでもないわたしが、部長の黒川に帰宅準備後に連れられて。しかも、コイツはネクタイ緩めて見た目やる気ナシ。
そんな姿を見せても大丈夫だっていうの?
黒川の背中に疑問の目を向けながら歩いていると、もう一枚の扉の手前で長い足を止めた。
「誰もいない。解散指示出した後に外に出たからな」
「あ……そう、ですか」
それだけ言うと、特にいつもと変わらない様子でそのまま扉を開けて行ってしまった。
なんか……ねぇ。もう少し〝変化〟はないの?
さっきの流れと、今二人で居るという状況は、つまり……。
自惚れた解釈を頭に巡らせながらも、全然自信がない。
まさか……まさか、『特別な感情があるだなんてひとことも言ってないけど』みたいなオチじゃないでしょうね……?
もしそうだとしたら、いくらわたしでももう立ち直れ、な……い……。
ずーん、と暗い顔して突っ立っていたら、閉まりかけた扉が開いた。
そこから、ぬっと顔を出した黒川は、「ふーっ」と盛大な飽きれ溜め息を吐く。
ああ、またいつもの……。
そう思っていたら、グイッと扉の向こうに引き込まれた。
「こんなとこで変なこと考えんな。さっさとサロンに行くぞ」
それだけ言われると、すぐに黒川は背を向けて歩き出した。
結局なにひとつ、普段と変わる気配もないこの状況に肩を落としつつ、言われるがままサロンへとついて行く。