イジワル上司に恋をして
「……練習台に、なってあげてもいいですよ」
一瞬も目が離せない。一分、一秒ごと、変わる瞬間があるから。
瞬きするのも惜しいと感じるくらいに、わたしは黒川を見つめ続ける。
「……ひでー言葉、つい出るけど。いいの?」
「いまさらですよ、それ」
「オマエの妄想みたいなこと、きっと出来ないけど……?」
「妄想は妄想だから楽しめることもあるんです」
いつの間にか、『現実は想像通りになんて実際なるわけないし、悲しくなることの方が多いだけ』と由美に豪語していたわたしが。
理想から外れてても悲しくても、それでも夢中になってしまうほどの状況に陥ってしまってる。
きっと、それほど強烈な誰かと出逢ったのは初めてなんだ。
普段ならすぐに詰められる程の距離を、まるでバージンロードを歩くかのように一歩ずつゆっくりと進めて行く。
それ以上は近づけないというところまで行くと、黒川が顔を上げた。
「なの花」
もう。妄想得意なわたしですら、その呼び方自体、意外以外のなにものでもない。
眉を苦しげに寄せ、切なく目を細めて、甘えるように名前を口にされる。
そんな黒川を見てしまうと、頭で考えるよりも先に本能で抱き寄せてしまう。
黒くてサラッとした髪に触れ、自分の胸にそっと閉じ込めるように両手を回す。
目を閉じると、まるで触れてる箇所から黒川の感情が流れ込むようで。勝手に胸の奥を締めつけさせた。
たどたどしく回した手に、緊張の汗を滲ませながら。
それでもどうにか、なかなか言葉に表しきれないこの気持ちが伝わって欲しくて。