イジワル上司に恋をして
「――好きだ」
両手を顔に添えられたまま、見上げた黒川から聞こえた声。
いくら態度で示されても、そんな真っ直ぐな言葉を黒川の口から聞けるなんて思ってなかった。
目を大きく見開いて停止したわたしに、照れ隠しなのか、ふっと視線を横に流すようにしてぼそりと付け足す。
「……まともに変われるまで……オレに、付き合え」
今、初めてわかった。
わたしの日々していた妄想なんて、独りよがりのただの言い訳に過ぎなかったんだって。
現実は、もっと深く。例えようもないほどに、甘く、全部を溶かされてしまいそうな時間。
胸の奥を焦がすような……。苦しくて切なくても悲しくても、その人の存在が大きくて、そんな感情すらも受け止められるっていう思い。
〝好き〟って、すごい。
「いやです」
負の感情がたくさんあっても、たったひとつのきっかけだけで舞い上がるほどの力が湧いてくるんだから。
「『まともに変われる〝まで〟』なんて。……その後に、少しくらい見返りを期待してもいいんじゃないんですか?」
黒川は、拍子抜けしたような顔から、突然吹き出すように「ははっ」と笑った。
「いいけど?」
ガタッと突然立ち上がった黒川にびっくりしてる間に、簡易テーブルに追い詰められるような態勢になっていた。
腰と手のひらでテーブルの縁を感じると、間近に見えたのはいつもの勝気顔の黒川。
「ちょっ……」
「あんなにキツイことしてきたのに、相当変わってるなオマエ。堪えてないのか?」
「ばっ、バカじゃない! 堪えてないわけないでしょっ」
日々の仕事中の小さいことから、吉原さん絡みのときのものまで。
アンタの一挙一動に、散々振り回されて、傷ついたのは当然でしょ!
不意に、左手が大きな手で覆われて、鼻先が触れる直前に言われた。