イジワル上司に恋をして
「イブだしな。相当忙しいんだよ、こういうイベントのときは」

レストランでウェイターをする優哉……。
あの黒いベストに白いシャツの制服を着て……ロングエプロンなんかも絶対似合うな。

ワインを注いだりする姿も簡単に想像出来る。
あの丸みを帯びたグラスに赤い液体を優雅に注ぎ……そっとテーブルに置くと、静かに微笑んで……。

「……おい。なにまたひとりで楽しんでんだよ?」
「ひゃあ!」

あなたのウェイター姿を妄想して萌えかけてました……なんて、口が裂けても言えないっ!

壁に自分の背面を全部押しつけて激しく首を横に振る。
こんなところでこれ以上なにかされたら、いくらもうすぐ上がりの時間とはいえ平静を保つ自信なんかないもん!!

懇願するように小さく眉を寄せて綺麗なコイツの顔を見上げた。

「…………悪いな」

…………え?

うっかりしてたら聞き逃すくらいの短い言葉。
しかも、いつも以上に声を落として――。

今……今、間違いなく、「悪いな」って……言ったよね?
それも、嫌味でもわざとらしくもなんともなく、普通に。ただの謝罪として。

「じゃ。早く残務終わらせて真っ直ぐ帰れよ。お子様」

言い終わるや否や、後はわたしに見向きもせずに事務所の方へと去っていく。
その背中を息も出来ないまま、ずっと見送る。

「な……慣れない……」

時折見せるようになった、〝ああいう〟の。
本当に、たまに。100回に1回くらい。

でも、その1回が今みたいに強烈で。
未だに脳髄を揺さぶられるほどの衝撃に、何度でもアイツにハマりそう。

……っていうか、きっと、たぶん……ハマってる。

「……悔しい……」

きゅっと軽く下唇を噛む。
だけど、絶対わたし、今、だらしない顔してる。

「……こんなんじゃ、すぐに戻れないじゃん」

両頬を挟むように冷たい手のひらで熱い顔を冷やして、一人休憩室で呟いた。


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