イジワル上司に恋をして
『抜けてなんかない!』って否定するはずが、完全に見られていたことになにも言い返せない。
悔しいけど、わたしは口をきゅっと結んで言葉を飲み込んだ。その代わり、ジロリ、と勝ち誇ったむかつく顔の黒川を見上げる。
「それより、なにか用ですか」
この勝負は負ける。そう判断したわたしは、苦し紛れの“ドロー”作戦で、話を変えることにした。
「ああ。ショップのカモミール、ひとつくれ」
「カモミール? えぇと……」
わたしはすぐに商品棚から、丸い銀色のケースに入ったカモミールを手に取った。
手のひらサイズの入れ物は、お試しサイズで可愛らしい。
それを彼の大きな手のひらに、ぽん、と預ける。
「ここは、前のトコと違って飲み物が豊富だな」
「はぁ。そーなんですか」
「これ、いくら?」
「え? 550円ですけど」
「サンキュ」
ぽんぽん、と業務上の会話はすごくスムーズ。
さっきまでの憎たらしい感情が空回って、最終的にはそんな変わりように呆気にとられる感じ。
だって、しかも今、「サンキュ」って……。
アイツが、例え軽くでもわたしにお礼を言うなんて、それこそ想像も出来やしなかったから。
ぽかん、とカモミールを手に去っていく背中を見ていると、ピタッと足を止めて振り返る。
「ああ。仕事中は、ちゃんと現実みとけよ」
ふふん、と口元を片側だけ吊り上げる笑い方、もう何度目だろう。
その笑い方や嫌味に、すでに慣れて来てしまったのか。そんなアイツに、目を奪われている自分がよくわかんない。
黒川の動向をそのまま追おうとした自分に、慌てて指令を下して頭をぶんぶんと横に振る。そうして、視界からヤツを外すと、仕事に意識を集中させた。