イジワル上司に恋をして
「おいで」
そんな整った綺麗な顔で、いい人みたいな表情をして、優しく「おいで」とか言わないでよ!
こういうの、昔から何度か想像したことある。
今回はちょっとしたケガだけど、想像では歩行が困難なくらい痛むケガをして。それで、そのケガを周りには知られまいと振る舞うわたしに、唯一気付いてくれるのが好きな人で……。
その人だけには簡単に嘘を見破られて、結局抱きかかえられる――なんて、超都合のいい妄想ばっかだけど。
それが今、抱きかかえられるとかはなしにしても、似たシチュエーションが起ってるなんて。
「ちょっとだけ、鈴原さん抜けるから。ショップ、よろしく」
「は、はい!」
ボケっとして、なかなか動き出さないわたしの手を黒川が引きながら、美優ちゃんにひとこと断って裏に入る。
こんな奴に触れられるなんて鳥肌モノのはずなのに。
どういうわけか、わたしの掴まれた手は、鳥肌どころか熱を帯びてる。それに、まだ心臓がうるさい。
一体どうしたっていうのよ、なの花!
「座って」
ひとこと言われて引かれた椅子に、わたしはもう従うしかない。
そっと腰をおろして、棚の上の救急箱に手を伸ばす黒川の背中を盗み見る。
くるっと振り向くのと同時に、パッと視線を外して俯いた。