イジワル上司に恋をして
そのセリフ……何度か考えてたことがある。ついさっきも、それに似たことを想像したりして――。
あれだけ脳内シミュレーションにもにたことをしてるっていうのに、現実に起きるとなるとまったくダメ。
その言葉に、自分がどういう顔で、どういう返事をするのか。全部飛んでしまう。
なにをそんな構えてるの、なの花。
こんなの、ただ軽い気持ちで……そう、久々に再会した“後輩”とちょっと懐かしい話でもしたいなーみたいな感じよ、うん。
大体彼女さんぽい人も居たじゃない。この目で見たし!
ここで考えすぎて警戒したりしたら、それこそ“イタイ奴”よ。
もう一度、『うん』とひとり頷いて、心を決め、西嶋さんの顔を見た。
そして、息を吸って、『全然ヒマです』って言うだけ――だったのに。
「鈴原さん。今日少し残ってお願いしたいことあるんだけど」
少し離れたところから聞こえた声に、吸い込んだ息がそのままになった。
固まったわたしは、顔だけゆっくりと横に向ける。
すると、ダンボールを積んだ台車を事務所に運ぶ途中のアイツがいた。
「いらっしゃいませ」
涼しい顔をして、台車から手を離して西嶋さんに声を掛ける。西嶋さんも、黒川の登場に萎縮したのか、慌ててペコっと頭を下げて言葉を交わし始めた。
「……あ、あの。鈴原さんとは大学が一緒だったもので……久々に会ってつい」
「ああ、そうなんですか。こちらこそ、気付かなかったとはいえ、急に横から失礼いたしました」
なんなの、この緊張感。いや、これはあれだ。黒川が、なにか余計なことを言うんじゃないかという緊張だ。
「いえ……こちらこそ、お忙しいなか邪魔をして」
「いえ。では、ごゆっくり」
ちらちらと、西嶋さんとヤツを交互に見ては、話に入ることも出来ずにただその場に立っていた。すると、黒川が見本になるようなお辞儀をする。
よ、良かった。何事もなく終わりそう! よし。早くあっち、戻ってよ!
ホッとして、お辞儀姿の黒川をみると、横目でわたしを見てはボソッと小さく口を動かした。