イジワル上司に恋をして
無意識に後方から聞こえる会話を耳に入れつつ、手は相変わらず折り目をつける。
「そりゃあね。いつまで経っても緊張感はなくならないわ。慣れる部分はもちろんあるけど。でも、そのお客様にとっては一度きりの式だし。それに、わたしも、そのお客様と一緒に作る式は最初で最後なわけだから。
――やっぱり、最高の日にしたいじゃない」
ああ。香耶さんが魅力的なのは、そういう部分。
わたしだって、もし式をあげるなら、香耶さんのような担当さんについてもらいたいもん。
いつでも親身になって話を聞いて、打ち合わせでも本当に真剣になって一緒に考えてくれるような。
わたしはパンフレットの花嫁の写真を見て、手を止めた。
「きっと、ご新婦とそのお姉様、仲直り出来ますよ」
「……そうね。いい日になるはずよね」
……? 新婦とお姉さん? なんか事情がある婚礼なのかな?
そこまで聞いてしまうと、頭の中はもう香耶さんたちの話でいっぱいで。
だから、不覚にも自分に近づいてくる人の気配になんて気付きやしなかった。
「――遅い」
「わっ!!」
覗きこまれる視線と、静かな中に突然間近に聞こえた声に、わたしは驚き顔を上げた。
飛び上るほどあまりにびっくりして、椅子から横に転げ落ちそうになったほどだ。
「…………くっ、ろ……」
『黒川さん』、と、本当は言いたかったけど、口がうまく回らなくて黙ってしまう。
ずり落ちそうな態勢の間抜けなわたしを、冷ややかな目で見下ろしながら、盛大な溜め息の後に黒川が言う。