イジワル上司に恋をして

これこれ! たまたま今日の休憩のとき食べたおやつ! 少し残ってたんだよね!


“いいこと”を思いついたこのときのわたしは、きっと今にも鼻歌を歌いそうな、そのくらい上機嫌になってたと思う。
数秒先のことを考えて、つい笑みが零れるような。

わたしはうきうきとその袋から取り出して、今淹れたばかりのミルクのカップに放り込んだ。
ハートの形をしている、マシュマロをふたつ。


滅多にやらないけど、思い出してよかったぁ! これ、ほんのり甘くなって、美味しいんだよね。


たぶん、勝手に目尻が下がって、口元が緩んでいたであろうわたし。
そう。目の前のブラック上司のことをすっかりと忘れて。


「オマエは本当、百面相だな」


短いため息とともに、呆れたような力の抜けたような声で言った黒川。その瞬間に、その存在を思い出す。

「百面相」と言われたわたしは、『だから、何よ』と心で思う。


別にいいじゃない! 百面相でなにが悪いのよ。むしろ、表現豊かでいいじゃない。アンタにはないものでしょ?

……あれ。もしかして、そういうこと?
ついに、コイツも自分にはなくてわたしにある長所を見出して、ついポロッと口にしちゃったんじゃあ……。


「ほ、褒め……?」
「顔に出過ぎて、嫌なときの顔とか客に気付かれないか心配」


ばっさりとわたしの甘い考えを切って捨てた黒川の顔を見て、わたしはマグカップの取っ手が割れんばかりに力を入れた。


なーによ! ほんっとイヤなヤツ! こんなヤツを目の前にしたら、美味しいものも美味しくなくなるわ!
< 59 / 372 >

この作品をシェア

pagetop