イジワル上司に恋をして

「なの花……いっつも思ってたけど、想像だけって虚しくない?」


今度は由美が顔を上げたから、その隙にメニューを奪ってページを戻しながら笑う。


「全然! だって、想像通りになんて、実際ならないことの方が多いし。現実はそのギャップに悲しくなることの方が多い気がするし!」


わたしだって、さすがに白馬の王子様みたいな極端な想像まではしてない。きっと、大体の女の子になら共感してもらえる程度の“妄想”のはず。


想いが通じ合うまでは、些細なことでドキドキしながら毎日を過ごして。例えば、ちょっと肩が触れたとか、他愛ない内容のメールをくれるとか。

そうしてちょっとずつ距離を縮めて行ったある日、今日みたいに雨が降ってたなら、「傘、忘れたの?」とかって声掛けられて、ふたりきりになる機会が巡って来て。

緊張して落としたままの視線をちらっと彼に向けると、彼の肩が濡れてるのに気付いて。
そんな些細な優しさにドキッとしてたら目が合って。

微妙な空気の中、雨音だけを聞きながら二人で並んで歩いて。

それで、勇気を出して、「上がっていかない?」とかいう流れになって、それから――。


「ストップ、ストップ! トリップしすぎ!」


流れるように頭の中で陳腐なドラマを想像する。ひとりの世界のわたしを、呆れ声で止めに入った由美の声にハッとする。そして、テーブルに掛けていた傘から視線をあげた。


「……相当重症だね。なの花が自分の世界入っちゃってるうちに、店員さんきたから適当に頼んじゃったよ」
「えぇっ! わたしの刺し盛り!」
「……ねぇ。そんな感じで、いつも仕事大丈夫なワケ?」
「……もちろん」


ほんとは、妄想してる途中で接客しなきゃなんなくなったときは、半分あっちの世界に意識置いたままのこともあるけど、そこは黙っておこう。


わたしはあからさまに目を泳がせて、追加注文のために呼び出しベルを鳴らした。


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