イジワル上司に恋をして
「ミスの原因は後でもいい。今、優先しなければならないのは、お客様のご希望の通りに準備をすること」
「で、でも、式は明日――」
「まだ時間はある。それに、幸い今日は金曜日だ。電話が繋がるところがたくさんある」
黒川が言うと、香耶さんは今にも泣きそうだったのを堪えて、コクリと頷いた。
「……チーフのお前がそんな顔するな。みんなが不安になるだろ?」
「……はい。すみませんでした」
「今日の来客予定は?」
「もうフリーです。明日の最終準備をと思ってましたから……」
淡々と黒川が形勢を立て直し、やるべきことを指示していく。
香耶さんは、ヤツに言われて少し冷静になったようで、すぐに電話帳を手にして電話を掛け始めた。
ピリピリとした空気。
こんな状態の中、わたしだけが場違いな気がするけど、戻るわけにもいかない。
かと言って、自分からも声を掛けられないでいると、黒川は次にわたしを見た。
……うわ。な、なんだろう。なにを言われるんだろう。
最近よくある、“嫌味”とか。そういうものの比じゃない緊張感。
怒られることなんかないはずなのに、このただならぬ空気と目の前の真顔の上司に萎縮してしまう。
肩を竦めながら、ちらっと視線を合わせると、ヤツの口が動いた。
「手伝ってくれ」
惜しげなく、このわたしに正面からそう願い出る黒川が、不覚にもすごくカッコよく見えた。