イジワル上司に恋をして
「それにしても……こっちはどうしよう……」
処理を終えたであろう香耶さんが、椅子を回転させながら、後方のダンボールを見た。
それは、初めに届いた小さい方の引き菓子だ。
「バームクーヘンでしたよね、それ」
「うん。それこそ結構“支持率”高めのね。美味しいんだけど、賞味期限が短いのよ」
「鈴原さーん。店、閉めましたよー」
微妙な空気のタイミングで、美優ちゃんがショップから明るい声を掛けてきた。
ああ、もうそんな時間なんだ。
驚いて、「ありがとう」とひとことお礼を言うと、バイトの美優ちゃんは先に上がって行った。
契約社員のわたしは、バイトの美優ちゃんよりはなにかをしなければならない気がして、香耶さんの側にいるけど。
ほとんど知識もないわたしが残ってて、逆に迷惑掛けたりしないかな、なんてことをふと思ったり……。
「もうこんな時間なのね」
香耶さんが、華奢なバンドの腕時計を見て言った。
でも、明日は香耶さんが担当しているお客さんの婚礼で。
本来なら、いつもよりも早く帰宅してるはずの香耶さんなのに、自分のミスだからと言ってこの時間まで残ってるし。
きっと、これからこの熨斗をつける作業をしなきゃなんないんだろうし。
それくらいなら、わたしにだって出来ると思うし。
「待たせたな」
そこへ満を持しての黒川部長の登場。
台車を押してわたしたちの元に来るや否や、香耶さんが一番に席を立って黒川に駆け寄った。
「黒川くん! 本当すみませんでした……ありがとうございます!」
深々と頭を下げた香耶さんに、アイツはなんて言葉を掛けるんだろう。
自分だったら、きっとめちゃくちゃに暴言吐かれて、罵られてるに違いない。
だから、わたし以外にはどんな感じなのかと気になってしまう。
あまり直視してはいけないかと、視線を外しながら耳を澄ませる。