イジワル上司に恋をして
「はぁ」と小さく溜め息を吐き、黒川の視線を無視してわたしはポケットの携帯を手にした。
今居る事務所と繋がっている、プライベートルームへと移動すると、西嶋さんへ初めて電話を掛けた。
『はい』
「あっ……あの! 鈴原です」
『うん。登録してるからわかってるよ。お疲れさま』
くすくすと受話器の向こうで笑われて、恥ずかしい思いをしながら、誰もいない部屋で一人ぺこぺこと頭を下げる。
「あ、はい! お疲れ様です……その……実は……」
『……ん? ああ、もしかして、残業とかになっちゃった感じ?』
「……はい」
約束の時間間近にこんなキャンセルの仕方って、ありえないよね……。
絶対、優しい西嶋さんでも怒っちゃうって。
あーあ……。わたし、なにしてるんだろう……。
どんな返事が返ってくるのかが、全く想像できなくて。
恐怖心でいっぱいのわたしは、目をぎゅっと瞑って耳に神経を集中させた。
『はは。そっか。なかなかうまくいかないものだね』
聞こえてきたのは、いつもの西嶋さんの話し声。
怒ってもいないし、呆れてもいない。むしろ、全てを許してくれそうな優しい声。
『あ。気にしないでね。社会人になると、あるよ。こういうこと』
「す、すみません……本当! 連絡もこんな時間になって……!」
『それも仕方ないよ』
「すみません……」
もういい人過ぎて、何度謝ればいいのかわかんない!
相変わらず、わたしは西嶋さんに伝わるわけないのに、何度もお辞儀をしながら、精一杯謝った。
すると、また、くすっと西嶋さんが笑って言った。