イジワル上司に恋をして
この広い世の中で、明日と言う日に結婚式をする人たちってどのくらいいるんだろう。
前夜である今日は、どんなふうにどんな思いで過ごしてるのかな。
明日のことを思って、緊張して眠れなかったり。わくわくして、早く夜が明けないかと窓の外を眺めたり。
両親へ宛てた手紙を、涙を堪えながら書いていたり……。
生憎まだ、親しい友達は結婚してなくて、友人の式に参列したことは一度もない。
親戚の結婚式なら、記憶に薄らと残ってるけど、その頃はわたしもまだまだ子どもで、新婦が親に宛てた手紙のシーンなんて、関係ないとばかりに食事をしてた。
今のわたしが、もし、お父さんお母さんに手紙を書くとしたら……?
一体なんて言葉を綴るのかな。
ありきたりな内容。でも、わたしたち親子にしかわからないような、些細なエピソードなんかを織り交ぜて。
泣かないで、最後まで自分で読むと決めていたのに、本番で母親の涙を前に、すっかりと涙腺が崩壊して号泣して。
そのドレス姿で泣くわたしの横には、ぽんぽん、と背中を支える新郎が――……。
映画のフィルムのように、脳内で鮮やかに想像を展開していく。その“新郎”を妄想の中のわたしは、滲んだ視界で見上げる。すると――。
「――縁起でもないっ」
しん、とした一人の部屋で、思わずガバッと体を前に起こして声を上げた。
なぜなら、よりによってドレスのわたしの隣に立つ新郎が、アイツ――黒川のヤロウだったからだ。
普通、そこに立ってるのは、好きな人とか、せめて憧れてる人でしょ!
ていうことは、今のわたしなら、候補は西嶋さんのはずでしょうが! なんで、どっちの条件も満たしてないはずのアイツが!
「……ただのセクハラ上司じゃん、アイツなんて」
わたしは、テーブルの上のバームクーヘンを見て、ぽつりと言った。