イジワル上司に恋をして


翌朝、早番のわたしが出社したのは大体午前8時半頃。
そのときにはすでに香耶さんを初め、ブライダルの社員は出社済みだった。

着替えを済ませ、売り場に降りたとき、香耶さんの元にはご親族らしき方々がいて、丁寧に控室へとご案内しているところだ。


「おい」


商品棚を拭きながら、ガラス越しにブライダルの様子を眺めていたわたしに、横から声が掛けられた。


「……おはようございます」


昨日の残業の出来事が忘れられないわたしは、渋々という顔で挨拶をする。けど、ソイツは、全然――全ッッ然、変わらない態度でわたしに接してきやがる。


「……なんですか」


無言でわたしを見る黒川に、掃除を再開しながら言う。


「いや。顔がバームクーヘンみたいに丸い気がして。ああ。昨日の、食ったからか」


昨日は半ば強引に、命令のごとく『食え』って言ってたくせに、「ああ」だなんて白々しい!
ていうか、「バームクーヘンみたいに」ってなによ! そんなんで上手く例えたつもりなの?!


「確かに食べましたけど! 言われるほど食べてないです! 丸い顔は生まれつきですからっ」
「へーえ」


腕を組み、嘲笑うように言う黒川を、キッと鋭い目で見る。
不覚にも、ヤツの顔を見たときに、昨日のキスのことを思い出したわたしは、あからさまに目を逸らしてしまう。


――ヤバ。こんなことしたら、絶対ヤツに気付かれて、なんだかんだ弄られそうだ。


俯いたまま、視線の先の革靴の主の出方を待っていると、思ったようなことは聞こえず。


「オマエ、12時に仲江の担当会場に来い」
「はっ?」
「時間厳守。1分でも遅れたら……覚悟しろ」


業務連絡のような言葉を残し、呆気なくわたしの前から姿を消して行った。


「12時……?」


香耶さんの担当の披露宴に? なんで?

わけのわからない指示に、いろいろと理由を探してみたけどさっぱりだ。
そのうち、美優ちゃんも出社してきて、その理由がなんなのかなんて考えるのをやめた。
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