イジワル上司に恋をして


腕時計を確認すると、午前11時50分。
土曜日だから、お客さんはいつもより出入りが多く見られるけど、『忙しくて仕方ない』というほどじゃない。
そうじゃなければ、時間通りにショップを抜けるなんてこと出来ないんだけど。


「あの、美優ちゃん。わたし、ちょっと黒川さんに呼び出されてて……そのまま休憩入る感じでもいいかな?」
「全然いーですよー。それより、黒川さんに呼び出しって、なんかあったんですか?」
「うーん……怒られるようなことはしてないはず、なんだけどね」


張り手はかましましたけど。でも、それだって、アイツが悪いことには変わりはないんだから、わたしは悪くない。

その鬱憤を晴らすかのように、普通よりも歩く足に力を込めて、指定された会場へと向かう。
お客様が多くて、階段を選んだわたしは時計を気にしながら先を急いだ。

『時間厳守。1分でも遅れたら……覚悟しろ』

アイツの言葉が頭を過る。

「覚悟しろ」ってなによ! なんの覚悟よ! あのセクハラ男!
はっ! もしかして、もしかすると、キス以上のことをされるんじゃ……。


「なにしてんだ、暴力オンナ」


俯きながら目的の階に辿り着き、立ち止まっていたわたしに正面から吐き捨てた男。
ピカピカに磨かれてる革靴から、ゆっくりと足を辿って顔を上げる。

確認なんかしなくったって、こんなこと言うヤツは一人しかいないけどっ。


「そっ、それは、そっちに原因が」
「うるさい」


わたしの反論を一刀両断するようにひとこと。そして、すぐに背を向けて歩きだしてしまう。

言いたいことを言えず、もやもやとしていると、また立ち止まった黒川がちらりと鋭い視線をわたしに送る。


「時間厳守、っつってんだろ。早くしろ」
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