イジワル上司に恋をして
「……“これ”を見せたかったんですか?」
『時間厳守』『黙って見てろ』。
そのフレーズが頭を過る。
黒川に聞いても、一向に返事が返ってこなくて。
ふいっと顔を回し、逆隣に立つ黒川に視線を向けようとした。
すると、途中で遠くにいる香耶さんと、偶然にも目が合った。
ココにわたしがいることが不自然なのに、香耶さんは驚いた目をしたものの、すぐにいつもの笑顔を向けた。
そして、小さくピースサインを見せる。
香耶さんのあのカオと、サイン……やっぱり、“今の”が、前に言ってたことだったんだ。
「……欠陥品かもな」
……は? 今、なんつった?
香耶さんが軽く手を振って、また忙しそうに居なくなってしまったときに、ぽつりと頭の上から聞こえた。
「欠陥品」? なにが? 誰が? どういうこと?
意味不明な言動に、質問のしようもなくて、ただ目を見開いて黒川を見上げる。
ヤツは、わたしと目を合わせずに、腕を組んだまま独り言のように呟いた。
「何度、こういう光景を目の当たりにしたって――涙のひとつも出てこない」
ざわつく話し声に、かき消されるくらいの声。
それでも、わたしの耳には届いてしまった言葉。
そして――瞳に映る黒川は。
「……さっさと休憩行けよ。トロい奴」
いつもと同じ毒を吐いていながら、今までとは微妙に違う冷たい瞳(め)と――確実に曇った表情を浮かべたのを見た。