イジワル上司に恋をして
「ちょっと刺激が強すぎたか」


……あれは、気のせいなんかじゃない。空耳でもない。


来た道を戻りながら、わたしの頭はこともあろうかアイツのことだけだった。
一瞬――ほんと、一瞬だけ。アイツの素を垣間見た気がした。


「……なに、あれ」


階段を下る足を止め、思わず口から出てしまった。

あんな奴なんて、どーでもいい話じゃない。様子がいつもと同じだろうが違かろうが。
ただの上司で、ちょっと……いや、かなり性格悪くて、どんな人間かさっぱりで。

ムカツクことばっかり言うくせに、傘に入れたり。「バカバカ」言いながら、気にしてた婚礼の詳細を見せてくれたり。
苦手なくせに、わたしが淹れたミルクティを飲んだり……。


……ああ、全然わかんないヤツ。


休憩室で、コン、と置いたカップの水面を眺めていても、まだそのことが頭を掠めていた。


「あー……ヘンだ」


ボケっとしながらショップに戻る。そんな自分に気付くと、『ボケっとすんな、妄想女』なんて言われるところだろうな、なんて思う辺り、やっぱりヘンだ。


「あ、鈴原さん! おかえりなさーい」
「え? あ! ただいま……」


美優ちゃんが笑顔で迎えてくれると、わたしたちはレジで並ぶ。ガラス越しに見える、いき交うお客さんを眺めながら美優ちゃんが言った。


「ほら! 1件目の婚礼終わったんですねぇ。引き出物持って歩いてる人、たくさん!」
「ああ……」


そういわれて、わたしも手提げの紙袋に目を向けた。


「あ! 鈴原さん、知ってます?」


突然思い出したかのように、そう言った美優ちゃんは、声のトーンを落として続ける。


「なんか、ブライダルで手違いがあったとか」


ああ。あの件か。
知ってるもなにも、アイツに巻き込まれたも同然で、しかもアイツと二人で残業して。さらに――。
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