イジワル上司に恋をして
詰め寄られてキスをされたことを思い出して、思わず叫びそうになる。
どうにかそれを堪えて、引きつった笑顔を浮かべて美優ちゃんの話を黙って聞く。
「それで、言われたんです! 『よかったら、持って帰っていいよ』って。黒川さんに! 優しくないですか?!」
「えっ? あ、うーん……どうなんだろ」
まぁ、おそらくは、わたしに対する言い方じゃなくて、思い切り“演じて”言ったんだろう。
ていうか、そもそもそれは“優しい”という部類に入るのか。はて。疑問だ。
「なので、貰っちゃいましたよー! 5個」
「5個?!」
「はい! だって、ずっと食べてみたかったんですもーん。あのお菓子」
手を合わせて、仰ぎながらうっとりして言う美優ちゃんを見て苦笑する。
5個か……すごいな、美優ちゃん。
まぁ確かに美味しかったけどね……。
「自分で買ってまでは食べないじゃないですか、こういうの。でも、タダで食べれるとなると、断然食いついちゃいます!」
「はは……確かにね。――あ」
ふと、閃いた。
たくさん余ってるお菓子。ここの部署だけじゃどうしようもならないくらいの量。
けど、中身はそれなりに評価の高い、魅力的な商品。
自分で手を出すまでじゃないけど、でも、気になるようなもの……。
「どうしたんですか?」
「え? ううん、ごめん。こっちのこと」
あの引き菓子を、試食してもらったら――?
そうしたら、集客も出来そうだし、常時何個か並べているショップにだって利益はあるかもしれない。
「鈴原さん。じゃあ次、休憩いきますね」
「あっ、うん」
美優ちゃんが不思議そうな顔をしていなくなり、ショップにはわたしだけになった。
お客さんのいない店で、わたしの妄想は止まらずに膨らむばかり。
お菓子で単純に、契約取れるなんて思ってるわけじゃないけど。
でもきっかけにはなるはずだし、それに合うような紅茶で打ち合わせとかしたら、茶葉も売れたりして。
あのバームクーヘンだったら、どの飲み物が合うかな?
コーヒー? ストレートティー? いや、でもやっぱり……。