夏音の風
夏のはじまり
目覚まし時計が六時をさす。また同じ今日が始まることに小さくため息を漏らすと、夏音は鉛のように重い体を起こした。
「まただ」
長く続く廊下に脱ぎ捨てられた足袋と半袖の肌着。
この二つが視界に入るだけで、夏音のテンションは朝からガタ落ちになる。父子家庭で育てられた夏音にとって、炊事洗濯は自分の仕事。いくら自分の気分が乗らないからと言って、それを疎かにすることは出来ない。
本堂に続く廊下は、春が過ぎようとする今の季節だと素足で歩くとつま先が冷えるくらいに冷たい。毎日同じことをしてくれる父に文句の一つでもつけたい気持ちを抑えると、夏音は台所へと向かった。
台所に立った夏音は手際よく朝食の準備を進めていく。
「これでよしっ」
出来立ての味噌汁を味見し、うんうんと一人で頷くのも日課の一つ。形良く巻かれたダシ巻き卵を皿に盛りつけながらも夏音は、毎日嫌々ながらも続けると人間は上達するものだと思った。
テーブルの上に並べた皿にラップをかけると、キュッと唇を噛む。
「……返事って必要?」
母の遺影の前でそう呟くと、手の中の封筒の中身を取り出した。