ベジタブル
ベジタブル

 薄暗い蝋燭の明かりが照らし出すキッチンに、一定のリズムを刻む鼻歌が響き渡っていた。それと同時に黒い影が左右に揺れ、何や慌しく動いている。影の主は、十代後半の若者。蝋燭の明かりによって淡く浮かび上がる短髪の黒髪と紫の瞳が、光を反射し艶かしくも美しく輝く。

 また、容姿端麗という言葉が似合う若者の顔は、何処か人間離れしていた。若者は地上に多く暮している人間という種族の一員ではなく、新鮮な血液を好んで吸うと噂される吸血鬼。そして人間が生活を送っている街の中で生活しているという、変わった吸血鬼である。

 元来、吸血鬼と呼ばれている種族と人間との交流は殆んどない。それに吸血鬼にとって人間は、彼等の食事の対象と思われている。それによりこのように人間の中に混じって生活を送っていること自体珍しいことだが、それといって特にトラブルに発展することはない。

 それに彼は、普通に生活を送っている。それも、凄腕の料理人として。そしてこのキッチンが設置されている場所というのは、彼がオーナーシェフとして経営している店の一室だった。

「こんばんは」

 ふと、勝手口の扉が開く。錆付いた蝶番が甲高く耳障りな音を鳴らし、訪問者の存在を伝えた。その音と声に吸血鬼――ジークは鼻歌を止めると其方に視線を向け、相手を出迎えた。

「ああ、こんばんは」

「今、いいか?」

「どうぞ」

 店が終了しているこの時間帯に訪ねてくる人間は、特定の職業に就いている一部分の人間。また、ジークが行っている裏の仕事が関係していた。情報屋――それが、彼の裏の顔であった。ジークの表の顔は、有名店の店主。新鮮な野菜を主体とした料理を得意とし、数多くの客の舌を楽しませている。

 その中には身分の高い顧客も数多く存在しているので、店は毎日満員御礼。そして、人間が一箇所に集まればそれに比例して情報も集約される。特に夜は酒が振舞われるので必然的に客の口が軽くなるのだが、その半面酒の影響で暴れる人物も多い。しかし裏の仕事のことを考えれば、これくらいは目を瞑らないといけない。何より、これはこれで面白かった。

 吸血鬼という別の種族出身でも、人間達が抱くジークへの信頼度は高いので、店の中で情報を集める形で聞き耳を立てていても、これといって特に怪しまれることはない。其処で見聞きした情報に裏の一般には知られない情報網を駆使して、この街一番の情報通にまで成長する。
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