ベジタブル

「さて、明日の仕込みを開始しようと思う。そういうことだから、明日もいつもの時刻でお願い」

「わかった。いつも、助かる」

「今度、美味い野菜を持ってくるよ」

「それは、楽しみです」

 ジークは立ち去る男達を見送ると、言葉に示した通りに自分は明日の仕込みの準備に取り掛かる。一方、野菜を持ってきたアランは帰るタイミングを完全に見失ったのか、どうすればいいのかと周囲に視線を走らせるしかできない。

 そして無言の訴えでジークの反応を待つが、ジークはアランを相手にする余裕がないのだろう、黙々と仕込みの準備をしている。

 すると、堪り兼ねたアランが口を開いた。

「あ、あの……」

「何?」

「お、俺は――」

「弁当は、作るよ。三日後に」

「あ、有難う」

「で、何?」

「……帰る」

「そう」

 ジークからの返事は素っ気無いものであったが、その言葉から感じ取ることができるのは相手の仕事の多忙さ。料理人ではないアランにジークの苦労を理解するのは難しいが、仕込みを怠ると、全ての料理が台無しになってしまうということを過去に聞いたことがあった。

 そのことを思い出したアランは、ジークにこれ以上迷惑を掛けてはいけないと、そそくさと勝手口から出て行く。無論、勝手口を閉める時は極力音をたてないようにと気を配って。

 帰るアランの姿を横目で眺めていたジークは、勝手口が閉まると同時に綺麗に並べられている包丁の中から一本を手に取ると、それを持ち入り人参や玉葱を切っていく。そう、これを使いスープを作るのだ。

 このスープは人気メニューのひとつなので、妥協は許されない。だからといって、他の料理が手抜きという訳ではない。しかし長い時間を有する料理は、料理人の腕前が試される。

 この料理はジークの腕前がわかる料理のひとつでもあり、尚且つこの料理の値段は「そこそこ」という言葉が似合うので、客の大半が注文していく。日々の苦労と値段が――とジークは内心嘆いてしまうが、客が喜んで食べてくれることはそれはそれで料理人冥利に尽きる。
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