ベジタブル
しかし商売を行っている以上、此方側が客を選ぶということはできない。来る者は拒まずというのが前提にあるのだが、物事には限度というものが存在する。特に知ったか振りをする客ほど質が悪く、所詮は俄か知識なので、聞いていて腹立たしいと思ったことは何度もあった。
それでも、感情を表情に出すことはしない。それはジークが持っている大きい器が関係しているが、何より生きている年月が違う。これこそ、年の功というべきものか。冷静に振舞うジークにいつも客側が負けを認めてくれるので、今まで大事になったことは一度としてない。
「いい天気だ」
言葉と共に大きな欠伸をすると、観音開きの窓を開き外気を室内に取り込む。それと同時に白いカーテンが大きく揺れ、合わさるかのように床に落ちた影が様々な動きを見せていた。
彼の耳に届くのは、朝を知らせる雀の可愛らしい鳴き声。だが今のジークには、それを楽しむ余裕などなかった。朝は何かと忙しいので、急いで出掛ける準備をしないといけない。ジークは何度も欠伸を繰り返しつつ寝台から降りると、清潔なタオルを手に顔を洗いに向かった。
一方使用していた寝台に引かれているシーツはグシャグシャによれ、彼の寝相の悪さを露呈していた。何も知らない第三者はジークを「立派な料理人」と褒め称えているが、プライベートに関してはこのようなもの。
有名店の店主の裏と表――
だが、本人は気付いていない。
それにより、今日ものほほんっと生活していく。
(そうだ)
顔を洗いに行く途中、彼は大事な内容を思い出す。それは朝一番に、食材の買出しに行かなければいけなかったのだ。昨夜スープを作っている最中、食材の不足に気付く。それを補う為に朝市に材料の買出しに行こうと考えていたのだが、スッカリ忘れ寝込んでしまった。
現在の時刻は、六時過ぎ。急いで目当ての食材を買いに行かなければ、朝の仕込みに間に合わない。また、朝市が開いている時刻も限られている。ジークは焦った表情の中で急いで顔を洗うと、片手で歯を磨きつつもう片方の手で乱れた髪を直していくが、想像以上に寝癖が酷かったので、手櫛では乱れてグシャグシャになった髪をなかなか上手く直せない。
短時間で直すことができない手強い寝癖が厄介なので、ジークは普段から短髪にしているのだが、髪が少しでも伸びてしまうとこのようになってしまう。今、彼の髪は左右に跳ね、前髪は天井に向かって反り立ち、まるで頭の中で爆発物が爆発したかのような髪型をしていた。