ベジタブル
視線を落としぶつけた箇所を観察すると、小指は赤く腫れていたが歩行に支障はない。しかし、今月に入って何回目の失態か――過去には生爪を剥いでしまった経験も持ち、いまだにこの痛みは慣れない。それどころかぶつける回数が増えていく度に、痛みが増している感じがする。
無論、そのようなことは有り得ない。
だが――
やはり、神経がやけに過敏になってきている。
小指をぶつけた方の脚を引き摺りつつジークは寝室へ向かうと、クローゼットを開き中から私服を取り出すと鏡に全身を映しながら着替えていく。そして、着ていた寝巻きは寝台の上に投げ飛ばす。
その後、普段使用している鞄の中に財布と手帳を乱暴に詰め込むと、開いていた窓を閉め厳重に鍵を閉めた。カチっという音に反応するかたちで、近くで羽を休めていた鳥達が数枚の羽根を残し一斉に飛び立つ。
彼等の休憩を邪魔してしまったことに、一瞬「悪い」という感情が湧いてくるが、飛び立った鳥達はジークの行動を気にしている様子は見られない。その証拠に、鳥達が次に向かったのは目の前に建てられている建物の屋根の上。其処で羽を休め、楽しそうにお喋りをはじめている。
所詮、野生の鳥達は気紛れ。
ジークのことは、眼中になかった。
彼等の素っ気無い態度にジークは苦笑しつつ肩を竦めると、残りの全ての窓をチャックしていった。そして玄関に向かうと窓と同様に扉に鍵を閉めると、それをポケットの中に仕舞い込む。
これらは普段から行っている一連の動作のようなものなので、特に手間取ることはない。しかし時折、鍵を掛け忘れ外出してしまうこともあるので、念の為に二度三度とチェックを行う。
扉の鍵のチェックを終えると、至る所錆が目立つ階段を使い一階へ降りていく。ジークが暮している場所は三階建ての建物の最上階なので眺めはとてもいいが、難点がひとつだけあった。
それは、今彼が使用している殆んど修理が行われていない古びた階段。建物を管理する大家の性格は無頓着なので、此方から修理を頼まないと動いてはくれない。それに今はまだいいのだが、油断をしていると壊れてしまう。流石に、このような場所で怪我はしたくないとジークは考える。
それに怪我をしてしまったら、長い間店を閉めないといけない。そうなると従業員に迷惑を掛けてしまい、尚且つ自分の料理を楽しみにしている客に申し訳ない。それ以上に、大事な食材が無駄になってしまう。新鮮が売りの野菜専門店。やはり、食材の鮮度が気に掛かる。