ベジタブル
「おや、おはよう」
「おはようございます」
「毎日、早いな」
「そんなことは、ないです」
ジークに声を掛けてきたのは、同じ建物に暮らしている住人であった。無論、ジークとは顔見知りの関係であり、両者の付き合いは長い。それに同じ建物に暮している同士ということもあって、このように気軽に声を掛け挨拶を交わす。ジークに声を掛けてきた者の年齢は、五十代後半だと記憶している。そしてとても気の優しい人物で、近所の評判は頗る良かった。
「今度、君の店に行くよ」
「有難うございます」
「妻が君の料理を食べたいと言っている」
「それでしたら、予約をお願いします。最高の食材を用意して、お二人をお待ちしています」
「それは、有難い。妻が聞いたら喜ぶよ。予定が決まり次第、君に連絡をするが構わないかな」
「はい。どうぞ」
男が発した「君の料理を食べたい」という言葉に、偽りは感じられない。その何よりも嬉しい言葉にジークは微笑を浮かべると、最高の褒め言葉を言ってくれたことに感謝していた。
やはり料理を作る手前、多くの人物に食べてほしいと思ってしまう。そして、感謝の気持ちを聞きたいというのが本音。それに料理を食べてくれた人物からの感想という名前の言葉は、最高の贈り物であった。
特に、常連客の言葉はとても有難い。つまり、それだけジークの料理を気に入っている証拠にもなるからだ。もし不味い料理を提供してしまったら、その客は二度と店に寄り付かない。
それに、一人の人間の横の繋がりを甘く見てはいけない。いい噂も悪い噂も瞬く間のうちに広がり、ジークの場合はいい噂の方で客の数を増やしていった。いや、何より彼等の存在が一番大きい。
情報の見返りとして、新鮮な野菜を手渡してくれる者達。彼等がいなければ、美味しい料理を作ることができない。彼等に対して感謝を言葉で表そうとも、それだけでは足りない。
だからこそ、日頃空腹に耐えている者達に格安で弁当を提供しようと考えた。それにより、ますます新鮮な野菜がジークのもとに集まってくる。まさに、一石二鳥というべきか。お陰で両者はいい関係を築いており、表の仕事も裏の仕事も成功しているといって過言ではない。