ベジタブル
「今日は、忙しいのか」
「えっ! ああ!」
「やはり、そうだったか」
「す、すみません。急ぎます」
「此方も、長々と話し掛けてすまなかった」
知り合いに声を掛けられるとついつい立ち話をしてしまうのが、ジークの良い部分であり悪い部分であった。朝市で不足している食材を購入しようと早く自宅を出たというのに、このように知り合いに捕まってしまう。その結果、いつもの調子で長々と話し込んでしまった。
ジークは話をしていた相手に大事な用事があるということを告げると、全速力で朝市が開催されている場所へ向かう。店を経営している手前、オープン前に到着し遅刻はしてはいけない。一日の睡眠時間が二・三時間であったとしても、日差しが差し込むと同時に目覚める。
そして従業員が出勤して来る前に店に到着し鍵を開けるというのが、ジークの日課であった。だからこそ何が何でも急いで目的の食材を手に入れ、従業員の到着前に店を開かないといけない。
表情が歪み切羽詰った様子のジークというのは、滅多に見ることのできない姿。その変わった姿に先程まで会話をしていた人物は目を丸くしてしまうが、言葉は掛けられなかった。
そもそも、ジークが真面目過ぎるのである。だからこそ意外な一面を見てしまうと、相手は微笑むしかない。相手が吸血鬼であったとしても、本質の部分は人間と何ら変わらない。そしてこの件により、ますますジークの評判が上がっていったという。そう、相手に親しみを覚えたから。
◇◆◇◆◇◆
朝市が建ち並ぶ一体は多くの人で溢れ返っており、賑やかとも騒々しいとも取れる話し声に、店を開いている店主の呼び込みが周囲に響き渡る。特に店主の声は、多く品物を売ろうと躍起になっているのがわかった。
しかし、客側も一枚上手の兵が揃っている。彼等は出費を最小限に抑えたいと思っているので、数多くの店の前で値切り交渉が開始されていく。こうなると一種の戦いに等しく、徐々に白熱していく。
そして互いに慣れている場合、その戦いは予想以上の戦いを演出していく。値切り交渉に応じたくない店主に、一桁単位から懸命に値切っていく客。当初その戦いは静かにはじまるものだが、いつの間にかついつい力が入ってしまうので、徐々に声の音量が上がっていく。