ベジタブル
値切り交渉の声に誘われるかのように周囲には、人垣が作られていく。中には客側を応援する声も飛び交い完全に店主は不利であったが、店主も負けてはいられない。だからこそ、なかなか決着がつかないでいた。それに伴い、観客達もヒートアップし野次が混じっていく。
「おい! ケチケチするな」
「そうだ。こんなに、頑張っているんだ。これでケチっていたら、血も涙もない商売人だぞ」
「ほら、もう一声」
「どうせ、儲かっているんだろう」
「さっさと、売っちまえ」
「何をしているんだ」
「ほら、頑張れ」
「負けるな」
「いけいけ」
しかし彼等が語る言葉の中に、負の感情は混じることは一切ない。このやり取りは一種のコミュニケーションであり朝市の名物のようなもので、真剣に見えて実は彼等の方が楽しんでいっていた。
毎回のように白熱した値切り交渉という名前の戦いが繰り広げられようが、いつも店主側が折れて戦いは終結してしまう。そう、いつまでも一人の客に構っている余裕はないのだ。
今回も予想通り、店主側が折れ値切りが成功する。これこそ、商売の心得。「損して得取れ」という言葉が存在するように、時として客側に有利に働くようにしないといけない。それは、些細な心遣いであった。
その結果、相手は何度も足を運んでくれるようになる。いや、その客だけではない。噂を聞いた他の客達も足を運び必然的に儲けに繋がるので、一時的な感情で動いてはいけない。
このような白熱した戦いが行なわれる場所だからこそ、様々な知識を学ぶことができる。ジークは朝市で商売をしている者達に、商売の伊呂波を学んだ。それは良い悪い関係なしに、今でも十分に役に立っている。
吸血鬼と人間の本質は、外見的特徴と同じように目に見えて違うので、朝市で働いている者達の情報は欠かせなかった。また情報だけではなく、店主達の人生経験も大いに勉強となった。
様々な店の前で行なわれている賑やかなやり取りを聞きつつ、ジークは目的の野菜が売られている店へ急ぐ。彼が向かおうとしている店は昔から付き合いがある人物が経営しており、店主の四十代前半の男がジークの姿を発見した途端、彼に向けて言葉を投げ掛けてきた。