ベジタブル
「珍しい」
「おはようございます。今日も、元気そうで何よりです。一時期、風邪をひいていたと聞きましたが」
「何、それは治ったよ。今では、元気溌剌だ。それに、元気でやっていかないと商売はできない」
「そうですね。親方は、元気が取り柄です。風邪をひいたと聞いた時は、天変地異の前触れだと思いました」
「おっ! 言うね」
山積みに置かれた野菜の向こう側から話し掛けてきた男に、ジークは微笑を浮かべながら返事を返していた。流石、長い付き合い。会話の中に毒を交えても、笑って対応してくれる。お陰で値切りを申し出なくても相手が勝手に割り引いて提供してくれるので、有難い存在だった。
それに週に一度、ジークの店に品物を納品して貰っている。この店が提供する野菜は、どれも新鮮で瑞々しい。生で食しても美味しい野菜が多く、ジークは全ての野菜を気に入っていた。
だからこそ不足分の食材を手に入れる場合、ジークはこの店を優先的に利用している。それに付き合いが長いので多少の我儘を聞いて貰え、今まで食材面で苦労した経験は一度としてない。
「今日は、何が必要だ」
「トマトを貰えますか」
「それなら、これがいいぞ」
「いえ、小さいトマトです」
「あれか。確か、この辺りに置いてあったが……あれ? 売り切れたか。いや、まだ残っていたと思っていたが」
店主は売り物の野菜を掻き分けるようにして、目的の野菜を探しはじめる。ジークが欲しているトマトというのは、掌の中にスッポリと納まる、俗に言うミニトマトという品種であった。結果、一度大きい野菜の中に混じってしまうと探すのがとても大変な野菜だった。
「あったぞ」
「では、その籠いっぱいに下さい」
「おう! わかった」
「できれば、色がいい奴をお願いします」
ジークからの注文を受け取った店主は、竹を組合して作った籠にトマトを入れていく。その途中、ひとつのミニトマトをジークの目の前に差し出す。それは「味見をしていい」という合図ということを知っているので、ジークは差し出されたミニトマトを受け取ると口の中に投げ入れた。