ベジタブル
「この前は、助かった」
「それは、良かった」
「これは、お礼だ」
「毎回、有難うございます」
相手から差し出されたのは、小さい木箱。ジークは差し出された木箱を嬉しそうに受け取るが、それを差し出した男は何処か訝しげな表情を浮かべていた。要は「これで本当にいいのか」という気持ちを持っていたからだ。結果、反射的にジークに抱く疑問を尋ねていた。
「これ、安いぞ」
「いや、構わない」
「他の街の情報屋は、金品を求める」
「僕は僕。他人は他人だよ」
「それなら、いいけど……」
「気にしなくていい。全員に、そう言っているのだから。うん。新鮮だ。それに、色がいい」
蓋を開けると同時に、キッチンの中に土の香りが漂う。それは、新鮮な野菜を優しくも厳しく育ててくれる心地いい香り。人によって土の香りを「臭い」と表現したりするが、ジークにしてみればいい香りそのもの。それに根菜類を貰うのは嬉しく、あの独特の歯応えが面白いという。
金品ではなく、野菜を貰って嬉しがる吸血鬼。その何とも異様な光景に、木箱を持って来た人物――アランは言葉を失う。いや、それ以前に彼の反応に驚いていた。アランは目を丸くし不審人物を見詰める視線をジークに向けると、失礼とわかっていたが徐に肩を竦めていた。
支払いは、野菜で。
ジークからそのように言われた時、本当にそれでいいのかと聞き返す者も多い。しかしジークは、野菜が欲しいと彼等に言う。彼にとって金品は興味の対象ではなく、自分で店を経営しているのでそれなりの収入もあった。それに大金を持っていても、忙しくて使い道がない。
彼にとって最大級の問題というのは、店で提供する料理に使用する素材類の入手にあった。ジークは世界中の野菜を使用して美味しい料理を作っていると思われているが、中には簡単に手に入れられない野菜も含まれている。そして野菜入手に大金をつぎ込んでも、物事には限度が存在する。
其処でジークが考えたのは、情報料の見返りという形で彼等から野菜を提供して貰うという方法だった。一般人が訪れることが難しい地域を旅する冒険家に、遺跡を巡るトレジャーハンター。彼等に頼めば、簡単に野菜を手に入れることができた。それに現地調達なので、輸送費は掛からない。