ベジタブル
「争うなら、先輩も後輩もない」
「で、ですが……」
「逆らうのなら、弟子を切るぞ」
「すみませんでした」
「申し訳ありません」
その一言は絶大な効果を齎し、喧嘩をしていた二人は素直に頭を下げるしかない。弟子入りを許されたその日に、弟子を切られる。これは洒落にもならず、それよりいい笑いものになってしまう。
彼等は「立派な料理人になってみせる」と両親や仲間に宣言し、故郷を後にした。それが弟子になった当日に切られてしまったというのは、恥ずかしくて故郷に戻ることはできない。彼等は必死にジークに頭を下げながら謝り、弟子入りの件を無効にしないで欲しいと頼む。
「本当に、お前達は……仕事だ!」
「そ、その前に――」
「まだ、言うのか」
「一応、決めて頂ければ」
「俺にとっては、どちらも一緒だ。同じ時に弟子になったのだから、先輩と後輩など関係ないだろう」
ジークの言葉にレイとディランは互いの顔を見合わせると、徐々に顔が緩んでいく。あのように言い争っていたが、真面目に料理人を目指す同士とても仲がいい関係にあった。だからこそ本音の部分ではどちらが先輩になっても関係ないのだが、興奮のあまり言い争いに発展してしまった。
ジークにしてみれば、二人とも一番弟子には代わりない。だから先輩後輩というものはそもそも関係ない。それにはじめて弟子を取るので、このくらいで揉めないで欲しいという気持ちも存在していた。
事を治めるかのように、ジークが手を叩く。その音に反応するかのように一斉に視線がジークに向けられ、真剣な表情を作る。彼が何を言いたいのかは、皆が悟っていた。そう、開店の時間が近い。
共に働いている同士細かな言葉は不要で、立ち振る舞いと些細な行動だけで何を行うべきか判断が可能だ。ジークの合図の後、個々が行うべき仕事に向かう。無論、弟子となった二人も同じだ。
「賑やかだ」
二人を弟子に迎えたことにより急に賑やかになった仕事場に、ジークは嬉しそうに微笑む。だからといって、今までの仕事場が寂しかったという訳でもない。今まで以上に騒がしくなったことに、心の底から楽しんでいた。何事も楽しい方が、仕事に遣り甲斐が持てる。